LINEで送る
Pocket

昭和を代表する大スター西城秀樹さんが2018年5月18日16日急性心不全でお亡くなりになりました。

突然の訃報に多くの方が驚かれた事でしょう。

今回は西城秀樹さんのご家族について調べてみました。

スポンサーリンク

西城秀樹の経歴・功績など

1955年4月13日に広島県で生まれた西城秀樹さんは、

63歳で亡くなるまで沢山の功績を残してこられました。

デビューは1972年。

キャッチフレーズは『ワイルドな17歳』でした。

日本人離れしたパワフルな歌声で人気を集め、デビューからすぐにトップアイドルまで上り詰めました。

ハスキーボイスと激しいビブラートと「絶唱系」と呼ばれたパフォーマンスは世の女性を虜にしました。

郷ひろみさんと野口五郎さんと共に「新御三家」と呼ばれ国民的な人気となります。

ヒット曲は『激しい恋』『傷だらけのローラ』『ブーメランストリート』『愛の十字架』『ギャランドゥ』『ヤングマン』

と数多くあり、どの曲も老若男女問わず皆さん、聞かれたことがある曲がほとんどなのではないでしょうか。

中でもアメリカのディスコソングをカバーした『ヤングマン』は最大のヒット曲となりました。

最近でもカバーされる程の名曲です。

振り付けは当時多くの国民がマネをして踊っていましたよね。

歌や振り付けだけでなくセリフも有名なものがあります。

『バーモントカレー』のCMでの「秀樹感激!!」というセリフは大流行しました。

最近もご本人が60歳になられた時にそのセリフにかけて「秀樹還暦!!」と仰っていましたね。

西城秀樹さんは日本で初めて野球場でコンサートを行ったアーティストだそうです。

日本の歌謡界を語る上では欠かせない存在ですね。

急逝で嫁や子供がかわいそう!

西城秀樹さんのプライベートを調べてみました。

最上さんは2001年、46歳の時に大阪に住まわれていた元会社員の一般女性とご結婚されています。

その後、娘さん1人と息子さん2人のお子さんに恵まれました。

仕事で大成功を収めて、結婚して3人のお子さんと幸せな生活をしていた時に突如脳梗塞を発症しました。

2003年48歳の事でした。その後2011年12月に2度目の脳梗塞を発症。

体の右側に麻痺の残る状態で懸命にお仕事される姿は心をうたれました。

テレビでも病気と闘うご家族の姿が紹介され、懸命に介護されていて、お子さんもみんな優しくお手伝いしていました。

それだけに今回の事は本当にお辛いでしょうね。

急逝に嫁や子供が可哀想と言われていますが、西城さんは家族団欒の中で意識を失いそのまま旅立たれました。

家族の中で最後を迎えられたということはある意味幸せだったのかもしれませんね。

スポンサーリンク

名前や年齢や学校はどこ?まだ若い?

西城秀樹さんが亡くなり、「子供がまだ小さいのに可哀想」との声が上がっています。

お名前や年齢はどのくらいなのでしょうか。

名前は、長女は莉子ちゃん、長男が慎之介君、次男が愁天君です。

2002年・2003年・2004年生まれの年子です。

なので上から今年16歳、15歳、14歳になる年です。

年も近いので兄弟仲も良いそうです。

学校を調べてみると、お子さん3人は横浜市にある森村学園に通っていらっしゃるそうです。

幼稚園から高校まである私立の学校です。

ちなみに奥様のお名前は美紀さん。

とても美人で、西城さんとは17歳差の現在46歳です。

これから女手一つで子供3人を育てていくのは大変かと思いますが、家族で支え合ってほしいですね。

西城秀樹,写真

まとめ

西城秀樹さんの嫁や子供を紹介させていただきました。

子供3人もまだ学生で今回のことはかなりショックだったと思います。

急な出来事でしたが、なんとか家族で乗り越えて欲しいです。

スポンサーリンク