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8月12日午前より行方不明となっていた2歳児、藤本理稀(ふじもと・よしき)ちゃんが無事保護されました。

警察が懸命の捜索をする中、よしきちゃんを発見したのはなんと一般人のボランティア。
ネットではこのボランティアの男性に注目が集まっています。

今回は、よしきちゃんを発見したボランティアの尾畠春夫さんについて詳しく調べてみました。

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山口県の行方不明2歳児が発見される

山口県周防(すおう)大島町家房に母親らと帰省し、8月12日の午前中から行方不明となっていた山口県防府市に住む藤本理稀ちゃん(2歳)が発見されました。

理稀ちゃんは12日午前に周防大島町の曽祖父宅に帰省。
曽祖父宅から約400メートル離れた海岸に海水浴に行くため、祖父と兄(3歳)と3人で出発しました。
しかし、曽祖父宅を出て約100メートルの地点で一人だけ引き返し、その直後に行方不明になってしまいました。
行方不明中の8月13日はよしきちゃん2歳の誕生日でした。

県警などは連日、150人規模の態勢で捜索を続け14日午後には、母親の美緒さんが公共用スピーカーで必死に名前を呼びかけました。

見つかったのは行方不明となってから3日後の8月15日午前6時頃、発見場所は近くの山の中。
曽祖父宅から北東約560メートルの山中の沢に、はだしで座り込んでいたと言います。
泥だらけでダニに刺されたような痕がありましたが、外傷はほとんどなし。
2歳児が3日間を生き延びるという、専門家の間でも驚きが広がる奇跡の生還でした。

行方不明時は水泳用ロングTシャツに海水パンツ、サンダル姿だったよしきちゃんは、発見された時はシャツのみの姿となっていました。
これはサンダルやパンツなどをずっと着用しているのは不快に感じて自ら脱いだものと見られています。

搬送された山口県柳井市の周東総合病院では、脱水症状があったため点滴を受けましが、健康には問題ないとのこと。
診察時に「ヤダヤダ」と泣いて母親に抱っこをせがむなど元気な様子を見せていたといいます。

無事に発見というニュースに、全国民が安堵したことでしょう。
自宅で改めて、2歳の誕生日を祝ってあげてほしいですね。

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発見したのはボランティアの尾畠春夫さん

山口県で行方不明になっていた2歳児・よしきちゃんを発見したのは、警察ではなくボランティアの男性でした。

ボランティアの尾畠春夫さん(78歳)は、今回の行方不明の報道を聞いて急遽大分県日出町(ひじちょう)から駆けつけました。
広島県でもボランティア活動を終えた直後のことだったそうです。
14日午後に町へ到着すると、家族とも会い、自身の手で引き渡すという決意を伝えていました。

「1分でも1秒でも早く見つけてあげたい」と、この日は午前6時に単身で裏山に入りました。
そして捜索からわずか30分後、よしきちゃんを発見。

樹木で覆われた山中の沢の近くに座り込んでいたよしきちゃんは、尾畠さんに「ぼく、ここー」と話しかけたと言います。
尾畠さんが「よしくん?」と呼ぶと、「おじちゃん」とはっきりし応答したそうです。
リュックからバスタオルを出して、よしきちゃんを保護しました。
発見後は約束どおり、尾畠さん自らの手でタオルにくるまれたよしきちゃんを母親に手渡しました。

合流した警察には「渡してください」と言われたそうですが、よしきちゃんの家族との約束を守るため「イヤです」と断ったんだとか。
尾畠さんは「警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」と豪快に笑ってそのエピソードを話していました。
警察は手柄を取ろうとしていたのでしょうか・・^^;

「きょうは尊い命が助かってよかった。元気な間はボランティアを続けて恩返ししたい」
と今後もボランティア活動を続けていく意気込みを語りました。
柳井署の安永孝裕署長は、尾畠さんに感謝状を手渡しています。

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プロフェッショナルすぎると話題に

山口県で行方不明になっていた2歳児・よしきちゃんをわずか30分で発見した尾畠春夫さんが「プロフェッショナルすぎる」と話題になっていましたのでどんな方なのか経歴を調べてみようと思います。

尾畠春夫さん(78歳)は40歳で登山を始め、58歳で北アルプス55山を単独縦走。
初めてボランティアに参加したのは60歳前で、由布岳登山道の整備ボランティアの仕事だったそうです。
月に7~8回、30~40キロの材料を担いで登り、崩れかかった登山道の整備をしたり、案内板を設置したりしていたといいます。

66代半ばまでは、大分県内で鮮魚店を経営。
引退後は、鹿児島県の佐多岬から北海道の宗谷岬まで日本列島を徒歩で横断する旅に出ました。
2006年の4月1日に出発、7月1日に全行程3250キロを歩き、無事ゴールを遂げています。
毎日、朝夕に孫の声を電話で聞くことを励みにしていたそうです。
孫が可愛いからこそ、今回の行方不明には居ても立っても居られなかったのでしょう。

ボランティア歴は約25年を超えました。
各地で災害が起きるたびに単独で足を運び、遺品探しや泥かきというボランティア活動に汗を流してきました。

2004年の新潟県中越地震では、被災地でボランティア活動に参加。
若いボランティアからは「師匠」と呼ばれていたんだとか。
大分と新潟を車で往復しながら計500日間支援に当たりました。

2011年の東日本大震災では発生当初から約2年もの間、宮城県で復興活動に参加。
軽自動車で3日もかけて被災地へ向かったのは、日本列島縦断の旅でテントを干していた南三陸町で親切にされた人を訪ねたことがきっかけだったそうです。
町から依頼され、被災地で人々が大切にしていた物を拾い集める「思い出探し隊」の隊長を務めました。

2016年の熊本地震では、町が設置したボランティアセンターに「スコップやヘルメットがもっと必要」などと助言。
職員が「私たちにも初めての経験。言われて気付いたことがたくさんあって助かります」と話していたことが報じられています。

その後も2017年7月の九州北部豪雨、そして今年の西日本豪雨が発生した際も被災地に駆けつけボランティア活動を行ってきました。
まさに「ボランティアのプロフェッショナル」「ボランティアの神様」です。

今回は警察が池や周辺道路を探す中、単身で山の中へ入っていった尾畠さん。
これも経験による行動だったのです。

2016年12月に、大分県佐伯市で2歳の女の子が行方不明になり無事保護された際、ボランティアとして捜索に参加した経験が生きたとのこと。
「不思議なもんで、子どもっていうのは、上に上がるのが好きみたい」と話した尾畠さん。
今朝は家族から行方不明になった場所を聞いて、「絶対この上にいるなと確信した」と確信していたそうです。
経験と自身の勘で山中の遭難現場へ一直線し、よしきちゃんを見つけ出しました。

また、よしきちゃんを警察に渡さずに自ら家族の元へ返したのも大分での2歳児行方不明の経験からきていると予想できます。
大分の2歳児が発見された際には、女の子が曽祖父宅に向かうためにパトカーに乗せられ、その車両を母親が子供の名前を呼びながら必死に追いかけるという一幕がありました。
恐らく尾畠さんは、そういった経験からも「まずは母親に返してあげたい」という思いがあったのかもしれませんね。

尾畠さんには、こういった行動一つ一つに多くの賞賛の声が寄せられています。

インタビューでは指に偶然トンボが止まるというミラクルっぷりも話題になりましたw

尾畠春夫,写真

まとめ

山口県で行方不明になっていた2歳児・藤本理稀ちゃんを発見した報道について紹介させていただきました。

よしきちゃんを発見したのは、単独でボランティアとして捜索に訪れていた尾畠春夫さんでした。

入山から30分でよしきちゃんを発見という只者ではないおじいさんについて調べてみると、25年以上のボランティア歴で多くの災害被災地で汗を流してきたボランティアのプロフェッショナルでした。

こういった方のお陰で、復興が進んだんですね。
一人の男の子の命を救った尾畠さんの座右の銘は「朝は必ず来るよ」
よしきちゃんには「人の痛み、悲しみのわかる人間になってくれたら」と話していました。

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